Oct 14, 2010
コスプレ大会を開催しています。
我が家の近くに漫画を好きにはたまらない施設があります。それはまた楽しいゴトイプニダガ施設になってからは家の近くにコスプレをした人が多く出没するようになりました。最初は楽しんでいたが、最近はそうも言ってすることはできません。なぜか、それは月に一度のコスプレ大会が開催されるようになったからです。開催日には100人以上がコスプレをしてきます。その異様なというと、また凄いことです。どれもそこそこは大事ですね。贈り物は、受信波、揚げネギですが、私は主波です。贈り物を受け取ることはもちろん、何を受け取るのかが楽しみですが、やはり与えることはその人が喜ぶことをワクワクしながら選択して、これも楽しみです。友人、家族、恋人、おじいちゃん、おばあちゃん。てくれる人はたくさんいます。クリスマスも近いので、またしたいと思います。
宮城県警は16日、住所不詳、会社員岩間啓修容疑者(36)を住居侵入の疑いで緊急逮捕した。
石巻署の発表によると、岩間容疑者は同日午前1時45分頃、東日本大震災の津波で被災した石巻市の無職男性(72)方に侵入した疑い。
2階で寝ていた男性が、階段を上がってきた岩間容疑者に気づき、「何だ」と声をかけると、「救助に来た」と話したという。岩間容疑者は逃走したが、男性の110番で駆け付けた署員らが民家近くにいる同容疑者を見つけた。
県警は盗み目的で侵入したとみているが、岩間容疑者は「入っていない」と容疑を否認。「津波で自宅が被災し、勤務先の会社で寝泊まりしていた」と話しているという。
震災被災地の岩手県大船渡市で30年以上写真店を営む佐藤尚義さん(66)が、手元に残った写真データをプリントして被災者に無償で提供している。地域紙に「写真が欲しい人は連絡ください」と広告を出したところ、震災で貴重な写真を失った被災者から少しずつ問い合わせが来ている。
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佐藤さんは73年に「大船渡スタジオ」を設立し、結婚式やスポーツ大会などを撮影してきた。震災で高台にある自宅は無事だったが、中心街にある店舗は津波で浸水し、店内ががれきで埋まった。
「少しでも写真が流されず残っていないだろうか」。がれきを掘り返し、昨年1月から今年3月までの撮影写真のデータの入ったCDを見つけた。「家をなくし、写真を失った人が求めているかもしれない」。4月7日付で地域紙「東海新報」で連絡を呼びかけた。
数日後、連絡先にしていた携帯電話に年配の女性から電話があった。「2月に結婚式を挙げた息子の妻が津波で亡くなりました。式の写真は残っていませんか」。1カ月前にホテルで撮影した新郎新婦の記憶がよみがえった。「できる限りのことをしてあげたい」。業者に発注してアルバムとして製本することにし、早ければ5月にも遺族に手渡すつもりだという。
写真のデータはまだ残っていないか、店舗のがれきをかき分けながら佐藤さんは言う。「大したことはないけど、思い出、記憶を残してあげたい。それが写真屋の使命だから」【蒔田備憲】
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【世界がエール】がんばれニッポン
国内外で評価が高い東京交響楽団(東響)が、東日本大震災でその本拠地・ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市幸区)が大きな被害を受け、苦境に立たされている。震災後の自粛ムードで他ホールも含め13公演が中止され、ミューザ復旧のめども立たない。「音楽のまち」を掲げて東響とフランチャイズ契約を結ぶ川崎市も代替ホールの確保など支援に乗り出した。【井上卓弥】
【世界がエール】がんばれニッポン
先月11日の震度5強の揺れで、JR川崎駅西口にあるミューザはホール天井の仕上げ材や軽量鉄骨が客席に崩落した。04年オープンの耐震設計ホールだけに想定外の被害だった。大野順二楽団長(50)は「声が出ませんでした。ホールは音楽家の家であり楽器。その空間を失った我々も一種の被災者かもしれません」と話す。ホールはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督のサイモン・ラトル氏らに響きの良さをたたえられ、内外で評価が定着しつつあった。川崎定演の舞台であり、練習にも使っていた。
今年、創立65周年を迎える東響は今月、公益性と経営の透明性を認められ、公益財団法人の認定を受けた。雑誌「音楽の友」最新号の「好きな日本のオーケストラ」でも3位にランクインしている。 東響は、震災発生当日の公演のほか、3月中の新国立劇場の6公演もすべて中止になった。ホールは余震で立ち入り禁止が続き、専門家の調査もままならない。音楽監督ユベール・スダーン氏が母国オランダの渡航自粛命令などで欧州に足止めされ、楽団員は先月26日の東京・サントリーホール定演を「開くべきかどうか」をめぐり緊急集会を重ねた。
楽団員には、岩手県釜石市や仙台市、福島県南相馬市などの出身者もいる。犠牲者への哀悼の意を込めて演目をモーツァルトのレクイエムに変え、小林研一郎氏にタクトを託し決行した。前売り券の一部にキャンセルも出たが、当日券140枚を売り満席に近い聴衆を集めた。全員の黙とうで始まった定演は第8曲「ラクリモーサ(涙の日)」が2度繰り返され、東響コーラスと一体の演奏に目頭を押さえる観客もいた。ソリストや楽団員が被災地への義援金を募り、140万円余が集まった。
楽団委員のトロンボーン奏者、宮本直樹さん(54)は「一人の演奏家にできることは限られます。年間170公演を続けてきた我々が演奏できず2週間を過ごし、自らの存在の意味も深く考えさせられました」と語る。
阿部孝夫市長らの助力で定演などの代替ホール探しも急ピッチで進められた。シーズン最初の今月17日の川崎定演は麻生区の昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワで開かれ、29日の名曲全集シリーズは高津区の洗足学園音楽大学前田ホールを会場とした。共催の市文化財団、北條秀衛理事長は「各音大が全面協力してくれた。東響と一緒に育ててきた『音楽のまち』の灯は消せない」という。
大野楽団長は「わずかの間に川崎市内で日時も変えず代替会場を用意していただいたのは奇跡的なこと」と謝意を表し「ホールが変わっても、我々は音楽家の使命として演奏を続けるしかない。ぜひ聴きに来ていただきたい」と力を込めた。
支援の動きは海外にも広がった。東響でコンポーザー・イン・レジデンスを務めた現代作曲家、細川俊夫氏(55)が独ベルリン高等研究所で東響の被災状況を話したところ、研究員らから慈善コンサートの声があがった。独作曲家、ヘルムート・ラッヘンマン氏らが現地時間の19日夜、研究所内で演奏し、東響への義援金を募る。細川氏は「音楽は単なる娯楽や祝い事ではなく、心が傷ついている時に必要なものです。音楽を奏でる東響が直面する困難を知ってほしい」と話している。
会場変更の情報は東響のホームページ(http://www.tokyosymphony.com/)。
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