Jan 10, 2010

水道料金の高さで発見されたリーク

近所の家の水道料金がとても高いので、我が家比べてくれと言ってきました。確かに想像もつかないような値段でした。見ると、浴室管リークが発見されました。かなり以前からリークがあるようで、ずっと間違えていたので、水道料金が高いようです。いつもなら検針の際にお知らせですが、留守だったので、ニュースがなかったようです。
ウォーターサーバーは、家に水を送ってくれて、しかもその品質は最高なので、申し分のですが、一方では心配になってしまうのはやはり価格ですね。あまりにも高く見えるという気が引けてしまいますが、しかし、ウォーターサーバーは、非常に手頃な感じの価格なので安心して使用していくことができますね。
電子版「ラブ&ポップ」をGALAPAGOSでリリースしたその理由:
 作家、村上龍氏の代表作の1つ『ラブ&ポップ』の電子書籍版がTSUTAYA GALAPAGOSに登場した。バブルの残滓が色濃く残るこの作品を、震災のダメージ、政治の混乱、経済の低迷という三重苦の中にある現代のわたしたちが振り返ることの意味はどこにあるのだろうか? 氏が考える「電子書籍の未来像」など、気鋭のジャーナリスト、まつもとあつしによる村上氏へのロングインタビューを2回にわたってお届けする。

 1996年――バブル崩壊が指摘されつつも、まだその残滓が日本のあちこちに見られた時代だ。作家村上龍氏の代表作の1つ『ラブ&ポップ』もそんな日本の状況をよく反映した作品として知られる。援助交際を行う女子高生の渋谷での1日をつぶさに描いた作品は様々な反響を呼び、庵野秀明氏は初めての実写監督作品としてこれを選んだ。

 そんな『ラブ&ポップ』が、先月、「TSUTAYA GALAPAGOS」に電子書籍版として登場した。震災のダメージ、政治の混乱、経済の低迷という三重苦の中にあるわたしたちが「あのころの日本」を振り返ることの意味はどこにあるのだろうか? また、メールマガジンJMM・ビデオレポートRVRなどを通じて、政治・経済に対してもメッセージを発信し続けてきた村上氏は、2010年11月に電子出版会社「G2010」を立ち上げている。氏が考える「電子書籍の未来像」とは? ――じっくりと話を伺った。

画像付きの記事:村上龍に聞く、震災と希望と電子書籍の未来(前編)
(http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1107/25/news018.html)


●震災とその後に残された希望

まつもとあつし(以下――) 震災直後、村上さんはNew York Timesにエッセイを寄稿されて、そこに込められたメッセージが非常に注目を集めました。

村上龍 あれだけの大災害ですから、皆さんと同じように、ショックがあってですね。どう今後のことを考えていけばいいのかとか。特に福島第一原発の爆発の映像は僕にとっても衝撃的でした。正直動揺していたと思います。

 そういう中で、New York Timesに寄稿しました。原稿そのものは3月14日という早いタイミングにお渡ししています(筆者注:掲載は16日)。

 それから、約4カ月がたちましたが、復旧や復興は、僕は進んでないと思うんですよね。その象徴はがれきですけど。がれきの撤去は、ほとんど終わってないに等しい。

 ただ、震災から時間が経過し、被災地で避難所生活を送る人たち、福島原発の近くから避難している人たちは、何とか日常性を取り戻したいと思っているはずです。その日常性は、被災地の外にいるわれわれの「電力不足の不安がない生活に戻りたい」といったものとはニュアンスは異なることには注意しなければなりませんが。

―― 被災地の書店では、震災前よりも本が売れているという話を聞きます。「日常性」を取り戻したい、ということの表れかもしれません。

村上龍 震災前の日常を取り戻すというのが、まず復旧ということになります。そのためには、商品・モノが元のように行き渡る必要もあります。本がそういう中で、どのくらい読まれているのかは、僕にはまだ分かりませんが。

 いろんなものが助けになると思うんです。家族を中心とした人間関係であるとか。地域社会の結びつきとか。あるいは伝統的なお祭りみたいなものを、地域でやるとかというようなことも。さらには、音楽を聴くとか、映画を観るとか。

 被災地だけじゃないですからね。日本人全員がショックを受けたわけですから。そこで日常性を取り戻すというときに、本もその一端を担うということは、あるかもしれません。

―― 今回、ラブ&ポップを電子書籍化されたというのは、日常性を取り戻すということと何か関係があるのでしょうか? 15年前の良くも悪くも活気あふれる渋谷の描写は、懐かしさすら感じます。もはやおじさんたちもあんなふうに、お金を持っていないし、余裕がない。

村上龍 ラブ&ポップを電子化しようと思ったのは、去年の秋ごろなんですが――しかし、そういう読み方もできるかもしれないな……もはやおじさんたちも、援交なんてできるおカネもない。

―― 少しうがった角度からの読み方かもしれないですけど。現在と比較して、物哀しさとか、「日本も、ほんと元気なくなっちゃったな」と感じさせられました。

村上龍 いやいや、確かに。昔、109とかのビルの脇に、おじさんいっぱい集まっていましたからね。

―― 本のなかでも、109に溢れかえる商品の名前が延々と登場します。いまメーカー各社ともラインアップを絞り込んでいるなかで、ノスタルジーを覚えました。

村上龍 CECIL McBEE(セシルマクビー)とか、まだ残っているものもありますけどね。1996年のあのころもバブルが終わって、何となく、貧乏臭さが出てきた、シュリンクした時期だったんですけど。今はもっとひどいわけですね。

―― 仰るように被災地では本当にモノがすべてなくなってしまって、希望だけが今残された状況ですが、被災地の外でも、震災に至るまでも、モノによる豊かさはずるずると失われてきた……。

村上龍 New York Timesに寄稿したのは短いエッセイだったので、「希望がある」と取られたわけですけど、僕としては、「希望の芽がまかれた」という書き方をしたんですよ。ということは、希望を必要とする情況なわけですけど、希望を必要とする情況というのは、逆に言えばいま辛い情況なんですよね。

 希望があんまり必要じゃない人を思い浮かべると、分かりやすいんですけど。例えば年収1億4千万円ぐらいで、大邸宅に住んでですね、幸せな家族がいて、子どもも2人ぐらいいて。仕事もうまくいっていて――そういう人は、希望は要らないでしょ。希望が切実に必要な人というのは、会社を解雇された、明日からどうやって生きていけばいいのかとかね。そういう人に必要なんですよ。

 だから、あのエッセイを読んで「どこに希望があるんだ」って、言う人もいましたけど、そうじゃなくて、希望を獲得していくとか、希望が必要なんだって、自覚するということは、辛い情況のときなんですよというニュアンスを込めたつもりでした。この点についてはもう一度きちんとエッセイを書こうかなと思っているんですけど。

―― なるほど。

 その中で、やはり、本当に本は、まずそれこそ被災地でも手に入れることができて、読めば何かを得ることができるという意味では、道具といってしまうと、言葉がよくないかもしれないんですけど、非常に大事なツールではあったのかなというふうには、わたしも感じているんです。

●村上龍は「電子書籍」をどう捉えているのか?

―― 本といえば、村上龍さんは昨年11月に電子書籍を手がける「G2010」を立ち上げました。まず電子書籍というものを、どういうふうに捉えられているのかという辺りから聞かせてください。

村上龍 新しくできた、非常に画期的なメディアですよね。僕は去年の2月にiPadが出たときは、相当衝撃を受けました。

―― iPadを見たとき、すぐに読書端末というふうに捉えられたのですか?

村上龍 事前にiPadのうわさは聞いてたんですけれど、Appleのホームページに行って、スティーブ・ジョブスのプレゼンを見たんですね。『歌うクジラ』を講談社の群像で連載してたんですけど、その連載を書き終わった翌週ぐらいだったんです、それが。

 何だかスティーブ・ジョブス痩せちゃって。でもセーターみたいなの着て、かっこよかったんですよね。大丈夫かなこの人と思いながらも、やっぱりこの人は、かっこいいなあと思って。

 自分はiBookとiPhoneの中間のものを造ったんだと。iPadを取り出したときは、おおおーっとか思ってですね。そのときにもう、はっきりと、これは非常に難しいだろうけど、『歌うクジラ』はこれでやっちゃおうと思ったんですよ。

―― もう、そのタイミングで。

村上龍 そのためには、どうすればいいかということを考え始めて。最初は、講談社にどう話すかというのが、最大の問題でした。

 講談社は、野間さん(講談社代表取締役社長の野間省伸氏)をはじめ電子書籍に非常に関心が深いので、紙に先行して、電子書籍を出すというアイデアを出したら、電子書籍部門の人たちが面白いって言い始めたんですよね。話題になって、本も、紙も売れるんじゃないかって。紙は案外売れなかったんですけど。

 ただ、電子書籍分と合わせると、いつもの僕の部数なんですけどね。だから、そんなおいしい話じゃないから。それはいいんですけど。とはいえ、講談社の説得にやっぱり、なんだかんだで1カ月ぐらいかかって。

―― 講談社さんの電子書籍の部門が、直接手がけるということではなくて、電子書籍をこちらで展開してもいいですよね? というそういう話ですよね。

村上龍 そうです。それも話しました。そこも理解してもらえて。

 厳密に言うと、僕とグリオ(G2010の運営会社。電子書籍化も行う)でやった作業をやるようなセクションって、講談社にはないんですよ。グリオでは実際にコンピューターで作業しますけど、講談社も、結局はグリオみたいな会社に作業を依頼することになる――いずれにせよそういうセクションはないんですよね。

 不思議なことに、そういう講談社の電子書籍部門のトップの人も、それから野間副社長(当時)も、それからその電子書籍部門のデスクみたいな人も、なぜか、僕と縁があったんですよ。

 デスクの人は、昔ゼロックスにいらっしゃって、僕の作品のオンデマンド出版というのをやったことがあって。『共生虫』とかを。そのときの担当だったんですよね。「えー!ここに居たんですか」みたいな話になって。さらに、そこのトップの人は、昔僕の妹が講談社の「なかよし」編集部でバイトしてたんですけど、そのときの編集長だったんですよ。

―― いろんなところで、つながってますね。

村上龍 そういう縁もあって、講談社との話し合いは非常に友好的に終わり、協力してもらうことになったんです。さらに電子版を先に出すということ、グリオと作業することまで了承してもらえたのはとても有り難かったですね。

―― そして、G2010の設立につながっていく。設立から半年ほどが経ったわけですけれども。苦労された点、あるいは、楽しかったことなど、振り返ってみて、感じられることはありますか?

村上龍 振り返らないんですよね。僕。まだ、振り返るほど時間がたっていませんし。例えば10年ぐらいたてば、あのころは、とか思うのかもしれないですけど。まだ半年だし。作業もちょっと遅れ気味なので。

 ただその、『歌うクジラ』を出して、その後G2010を作るときに、各出版社との交渉がけっこう大変だったんですよ。こういうのを作るということをあらかじめ言っておかないと、急に作ったら、敵対していると思われるので。それは僕とつきあいがある講談社、集英社、小学館、文藝春秋、幻冬舎、KKベストセラーズとか、担当編集者とも、相当上の人たちとも、こういうことをやりますというのは、全部話しました。

 G2010は既存の出版社と敵対する会社じゃないので。ただ、あのころは、各出版社は電子書籍というものに対してとても敏感になっていたんですよ。それぞれの出版社との交渉は記憶に強く残っています。

―― 村上さんご自身が、電話したりとか?

村上龍 メールが多かったですけど。出版社もなかなか分からないんですよね、僕らが何をやろうとしているのか。『歌うクジラ』という事例があったので、そこからは話が少し早くなりましたが。

 あとは、G2010の会社設立記者会見が大変だったのもよく覚えています。準備期間から逆算するのではなくて、会場の空きで急きょ決めたものですから。会社名のロゴも前日に決まって、プリンターで印刷して会場に貼り出したくらいです。

―― そうなんですね。

村上龍 グリオの連中は、みんなほとんど、記者会見の前に10日間ぐらいは寝てない人が多くて。記者会見が終わって、打ち上げやったんですけど、トイレに行くたびに、倒れて帰ってこないんです。トイレで寝てますとかって。

―― 壮絶ですね(笑)。

村上龍 どんどん減っていくんですよ。打ち上げ会場の人数が。

―― 電子書籍の開発も大変だったという話も聞いています。『歌うクジラ』や『ラブ&ボップ』では、紙の本になかった音声や映像といった要素を加えてますが、そのあたりのこだわりがあれば聞かせてください。

村上龍 こだわってはいないんです。ただ、僕の場合は、ビジュアルとか、あるいは音楽とかの組み合わせというのが、個人的に好きというのもあってですね。いわゆるリッチコンテンツにしていこうという思いはありました。

 一方、必ずしもリッチである必要はないと思っていて、ボリュームでも、勝負できると考えています。例えば50巻の全集とか、電子であればもう、ワンボリュームで、ワンパッケージで売れますから。あるいは復刻版を現代的に編集するというのも、やろうと思っているんです。

 とにかく時間が足りなくて……今みんなでけっこう、大きな作品をやっています。マンパワーも足らない……。

―― 大変ではありますが、瀬戸内寂聴さんがG2010には参加・出資もされたりと、いろんな方が、応援しているチームですね。

村上龍 電子書籍といっても、結局は大手の出版社とか、印刷会社とか代理店など大手が主導しているわけですよね。そんな中で、僕らみたいな、弱小の会社が何ができるかなってというのはいつも考えているところですね。

 そういった、いわゆるインディペンデントの小さな会社に、期待してくれたり、そこで何かやりたいと言ってくれたりする人も、結構いるんですよね。いろいろな方からポツポツ接触があるんですけど。それは本当にうれしいことだなって思ってます。

―― 規模やマンパワーの制約はあるけれども、いろいろな思いに応えていきたいというわけですね。ところで、電子書籍に取り組む際の、何かキーワードといったようなものは村上さんの中にはあるのでしょうか?

村上龍 うーん。まだ始めたばっかりですからね。自分の作品をリッチコンテンツ化するときは、いろいろと具体的にイメージというか、画像とか映像とか、音楽とか考えますけど。電子書籍全体に関しては、あんまりイメージないです。

―― 先ほど仰ったような全集であれば、リッチということよりも、むしろシリーズが例えば全部そろっていることが価値となるし、逆にこれから発表されていく、ご自身の新作であれば、ご自身の表現したいことがリッチ要素も含めすべて盛り込まれているということが、中心になるし、それは、作品によっていろいろであるという。

村上龍 そうです。

●電子書籍は「書籍」で無くなる可能性も

村上龍 あと、電子書籍が持っている、可能性の全部がまだ出てきているわけじゃないと思うんですよね。

―― 例えばどんな可能性ですか?

村上龍 いや、それは分からないですね。出版の歴史をたどるとき、よくグーテンベルクが引き合いに出されますが、彼が印刷機を作ったときも、「本の可能性」をすべて見通していたわけではないと思うんですよね。

 例えばエジソンが蓄音機を作ったときに、最初は遺言をレコーディングする機械だと言ったらしいんですよ。生前の声が吹き込まれて、遺言を残せるというようにと、レコード盤と蓄音機をエジソンは作ったけれど、まさか音楽観賞用になるとは、まだ、イメージできなかったらしいんですよね。そのくらい、画期的な技術というのは、思わぬ方向に拡がる可能性があるので。

 だから、僕も電子書籍全体がどうなるのかは分かりません。自分たちの仕事を通じて、それを手探りしながら、試行錯誤していくということでしか、探せないんですよね。

―― なるほど。今どうしてもわたしたち、ペラペラッとめくる本の置き換えたものというようなイメージで、捉えがちなんですけど。まったく別のものになる可能性がある。

村上龍 まあ、そんなには違わないかもしれませんが。

案外単品のテキスト、それこそ小説のテキストの場合は、そんなに変わらないかもしれないですよ。ただ漫画などは――僕の知り合いは『スラムダンク』とか、なんだっけあの、有名な海賊のやつ、最近人気の。

―― 『ワンピース』。

村上龍 そう、それだ。『ワンピース』とかを、全部入れちゃってるんですよね、iPadに。あれはもう、違うもんだと思いますね。

―― それはその、違法でというわけじゃなくて、自分で。

村上龍 自炊してるみたいですけど。

―― 自炊ですね。

村上龍 いまんとこ、あれが一番頭がいい人たちじゃないかな。あと大学の教授や研究生とかもですね。医学書や論文などボリュームがあるものをiPadに全部入れてる人もいる。そうなってくると、もはや書籍とは違うものだと思いますよ。

そういったコンテンツを表示できるという意味では、本と変わりないんですけど。利便性がもう全然違いますから。

―― 違いますよね。わたしもまさに論文をタブレット端末に入れるということをやっているんですけど。もう全部読むというより、はなから入れてしまって。

村上龍 データベースとして。

―― もう検索して、必要なところを引っ張ってくるという。たぶん、本を書いた人からすると、ちょっとそういう使われ方は嫌がられるかもしれませんが。

村上龍 いやでも、どうせそういった研究書のたぐいは、データベースとしての役割も大きいので。しょうがないんじゃないですか。

―― でも小説はやっぱり、頭からちゃんコンテキストを理解したうえで読んでほしい。

村上龍 それはまあ、そうしてほしいですけど。

後編(7月27日掲載予定)に続く

【まつもとあつし,eBook USER】
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